それは、太陽と番った海だ

楽しい1日は睡眠から

違国日記とヤマシタトモコ

好きな漫画家の1人、ヤマシタトモコについて語りたい。

 

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この作家のどこが好きか、それは自身の多様性の中にある「自分とは何か」を問うところにある。

まだ名づけられていない自身の多様性、その一つ一つに名前を付け、バラバラに感じていた自分を統合する。その結果、多様性の風に吹かれても私は私であると。

 

全体主義の親世代から多様性主義に変化しつつある今、本質的な問いを多様性側から接近する試みだと思う。

 

多様性を可視化する外部装置がインターネットとSNSによって日常に入ってきた。自分は何にでもなれるという夢を大人になっても見れるようになった。摩耗していく自身の可能性を自分の映らないディスプレイを見続けることで延命できるようになった。

 

我々が欲した多様性という幸福は、人を救う豊かな概念であり、依存性の高い幸福でもある。

 

なぜ、この幸福から離れて、わざわざ多様性の中の自分を問うのか。

結局のところ、この幸福は虚妄であって、現実に存在する自分は時間に沿った存在だからだ。

 

つまり、自身を問うことは時間を見つけることなんだ。

 

違国日記という漫画は、両親を亡くした高校生の女の子を小説家の叔母が導く物語になっている。死という絶対的な時間を提示された子どもが自分の時間を獲得していく過程はとても美しい。

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ソコロフとピアノ

先日、40年前のヤマハのアップライトを弾いてきた。

 

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お世話になってる調律師がリビルドしたもので、弦はフランスのステファン・ポレロに張り替えてあった。

整調、整音を出来る限り行った自信作と言っていた。

 

弾いて驚いたのは弾きやすさ、音量、響板の鳴りだった。

響板が合唱しているような感覚で、蓋を開けて弾くと耳を通り抜けて脳に直接響いてる感覚だった。

 

合唱した時に耳にビリビリと来るあの美しい響きがピアノが表現している。

導音が主音に行くだけの旋律でも十分にカタルシスを得られた。

 

「和声がわかるなら、こう弾きなさい」と響板が諭してくる。

その声を聞きながら、ブラームスIntermezzo Op.118 No.2を何度も弾いた。

ピアノという楽器は、自分だけじゃ鳴らせないのだと痛感した夜だった。

ピアノは調律師という技師がいて、初めて完成する楽器だった。

 

ピアノは訓練を続けていれば、ある程度までは弾けるようになる。

ただ、鳴らすための技術を習得するには調律師という技師の仕上げたピアノが必要だった。

調律師がピアノに行う技術介入は、ピアニストが音楽的にアプローチするための障害を限り取り除くこと。

 

最近、生で聴きたい美しい演奏といえば、ソコロフが筆頭にある。

美しく仕上がったピアノとそれを美しく鳴らすピアニスト。

この二つが共鳴した音楽を聴きたい。

 


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感動したクラシック曲の演奏(フォーレ)

11月の初めに「加齢による摩耗」について先生と話をした。

毎日のように高齢者と会う仕事をしている自分にとって「摩耗」というキーワードは現実であり、未来に感じる。

 

先生は答えとしてフォーレピアノ五重奏曲を演奏してくれた。

そして、帰宅後にJean Hubeauの演奏を聴いた。

 

これはフォーレ76歳の時の作品。

この若々しい感情の渦は摩耗とはかけ離れた世界だった。

 


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人生は環境がすべてと言ってもいい。

その中で人間ができるのは知識の継承であり、火種を分け与えて、時の風がそれを燃え上がらせるのを待つこと。

 

この音楽の喜びをスピーカー越しではなく、目の前の楽器から響く音として聴かせられるように頑張ろうと思う。

感動したクラシック曲の演奏(ラヴェル、リスト)

8月から和声を学び始めた。

またひとつ世界を発見する喜びが溢れる日々になった。

 

集中力が続く空き時間のほとんどを音楽に費やす日々が続いている。

自分が美しい音楽たちを残す媒体になれると嬉しい。

 

この1ヶ月で最も聴いたクラシックの曲はラヴェル「ピアノ協奏曲ト長調の第二楽章」だった。

 

この曲自体は昔から知っているし、良い曲だよね〜ぐらいに思っていた。

つまり、この曲の美しさを理解するにはもっと優れたピアニストが必要だったのだ。

そして、出会ってしまった……ミケランジェリに。

音色、ダイナミクス、間の取り方、美しすぎるトリル…

ここまですべての音に神経が通っている人は初めて聴いた。

 


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もう一曲はリスト「オーベルンの谷」

 

これは和声のレッスンの時に先生が弾いてくれた。

曲の美しさに自然と涙が流れた。

苦しい涙ではなく、美しさへの感嘆として溢れてきたものだった。

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ラヴェルのマ・メール・ロワの連弾

ここ最近は人生で最も豊かな音楽の祝福を受けている。

ツイッターに呟くことも、ブログを書くことも忘れるほどに。

 

昨日は初めてラヴェルマ・メール・ロワを連弾した。

子供でも大人でも、左手のストーリーテラーがいれば、誰でもファンタジーの世界へ進むことができる。

とてつもなく優れた音楽の岩波少年文庫を読んだ感覚だった。

 


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連弾して心の底から湧き上がったのは、この曲を書いたラヴェルへの尊敬だった。

友達の子供のためにこれを書けるんだよ…?はんぱねぇんだわ…

 

この曲は1人で何度も何度も弾いた曲だったから、弾いた後、感動に手が震えた。

 

今日も音楽しよう。

 

 

 

感動したクラシック曲の演奏(ショパン、ベートーヴェン)

今週もまたクラシックと呼ばれる過去の音楽がやってくれた。

レッスンの度に先生と音楽について話し合う。その度にたくさんの曲をピアノで弾いてくれる。

 

話し合うきっかけは様々だ。

今週のレッスンでは、最初に採譜した曲をプリントして渡して先生の前で弾いた。

採譜した理由を話し、和声的な分析を先生とする。

同じ手法を用いたクラシックの曲で素晴らしい曲があると先生が演奏してくれる。

今週はシューマンだった。

 

ショパンは先週の月曜日。

先生が弾いたのはピアノソナタ第2番「葬送」だった。

 

 

 

ピアノでしか表現しえない共鳴の嵐が目の前で吹き荒れた。

この曲を知っている人ならわかるだろう。

第三楽章。

吹きすさぶ嵐が止み、見上げた空から差し込む光。

これが死者の昇天であることを。

 

手が震えて涙がこぼれそうになった。

その後にピアノを弾いても上手く弾けなかった。

こんなに美しく恐ろしい音楽を目の前で弾く人間がいて、かつてこの曲を作った人間がいたということ。

 

もっと音楽を学びたいと思った。

 

感動はまだ終わらない。

次はまたもやベートーヴェン弦楽四重奏曲第15番

第三楽章の和声的な説明を受けながら、ピアノで弾いてもらった。

 

先生のお父さんが使っていた楽譜を説明に使っていたら、巻末にメモがあった。

 

不滅の四重奏曲 

3楽章 good!good!good!

1969.6.22

 

先生はそれを初めて目にして「親父もよくわかってるじゃないか」と言った。

そして、その楽譜を貸してくれた。

 

 

 

第三楽章を生で聴くことができたなら、涙が止まらないだろうと思う。

この曲を弾く弦楽器たちが空気を震わした時、世界は祝福されるはずだ。

 

ここ2か月で確信したことがある。

クラシックの曲はスピーカーで聴くことに適していない。

 

それに関してはいずれ書くかもしれない。

簡潔に言うなら、ルートの移動を控えながら転回形を多用していく表現はスピーカー音楽にとって重要な低音の要素を含んでいない

 

スピーカーから聴く音楽の限界はクラシックの和声の美学を表現しきれないことだと思った。

 

さぁ、今日も美しい音楽の勉強をしよう。

 

感動したクラシック曲の演奏(ベートーヴェン、ラヴェル)

ピアノの先生にベートーヴェンの聴き方を教わった。

ベートーヴェンの作品はピアノ→オーケストラ→弦楽四重奏の順に濃縮されていくとのこと。作品の数も濃縮されていく方向に減っていく。

 

初期の曲から聴いた方が年代記として楽しめそうだけど、先生が作曲家を目指した理由に挙げていた晩年の弦楽四重奏から聴いた。

 

弦楽四重奏曲第十四番

初めて聴いた時、涙が溢れた。

 


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和声を学び始めて、クラシックの美学を少しずつ肌に感じている。

技法の歴史と並行して名曲を聴くことは感動をより一層高める。

 

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